果てに続く

(6.青を求めたその先で)




調査に使用する昇降シャトルを見上げて、ハンジは緩やかに微笑む。
「そうだねえ…」
このシャトルはもう、使うことはないだろう。
"ひとり"と"ひとり"を見送って、彼女は手を振った。
「精々、後悔のないように過ごしなよ」
彼らの記録は、すべて削除(デリート)してしまおうか。
「それくらい構わないよね? "End;WALL"」
ハンジは己の半身に問い掛け、くすりと笑った。



*     *     *



砂と日光避けのローブが、遮るものなく吹き抜ける風に勢い良くはためく。
腕に抱き抱えたエレンの身体を抱え直し、リヴァイは巨大なすり鉢状の穴を登った。
「チッ、日陰がねえ」
赤茶けた地面と岩しか一望出来ないが、迷っている暇はない。
…地上の空気と日光は、地下に生きる人間には毒である。
1時間もすれば内臓機能に支障を来し、2時間もすれば五感が効かなくなると云う。
(エレンのタイムリミットは、60分)
体力も抵抗力も持たない身体は、すでに軋み始めているはずだ。
(…此処から離れるか)
早く起きろ、と念じながら、歩き出す。

かつてエレンが愛した『海』は、どこにも見当たらない。
在るのは遥か遠くに見える赤茶けた水溜りで、干上がった大地はひたすらに深く峡谷を刻む。
かつては絶壁の海岸線であったろう迫り出した岩場で、リヴァイはエレンを抱え込むようにして座り込んだ。
「エレン、起きろ」
少し呼び掛けた程度では、エレンは目を覚まさない。
それは以前から変わらず、朝は苦手な部類だった。
「さっさと起きろよ、愚図野郎…」
構うものか。
微かな吐息を繰り返す唇を、リヴァイは己の唇で塞いだ。
…"エンド・ウォール"でエレンに再会してから、このような接触は一度も無い。
触れ合わなかった分を補うように、貪るようにリヴァイは唇を合わせた。
力もなく抵抗もない唇の間から舌を差し込み、抉じ開ける。
「ぅ、ん…」
むずがるように、エレンの唇から声が漏れた。
上顎の歯列を舌で撫でてやれば、ピクリと眉根が寄る。
「ん…んう、」
睫毛が揺れて、金色を閉じ込めた瞼がゆるりと開かれた。
求めた色を間近にして、リヴァイが止まれる訳もなく。
「っふ、んん!」
漏れる吐息さえ惜しむように、深く口づけた。



息も絶え絶えのエレンの指先が、リヴァイの袖口を引く。
「……、う」
言葉を、紡ごうとしていた。
顔を上げたリヴァイがエレンを見下ろせば、袖を引いた指先がリヴァイの頬へ伸びる。

「リヴァイ、へい……う」

今、彼は何と。
目を見開くリヴァイを見上げて、エレンの眦から涙が一筋、零れ落ちた。
「ごめ、なさ…」
置いて逝って、ごめんなさい。
ひとりにして、ごめんなさい。
「あいた、かった」
ごめんなさい。
その一言を、伝えたかった。
「エレン…」
呆然と名前だけを呟いたリヴァイは、声も無く泣いていた。
微かに苦笑したエレンの指先が、その涙をそっと拭う。

「こんどは、ぬぐえてよかった」

"あの日"もこんな青空で、とても良い天気だった。
エレンはもう指1本動かせなかったけれど、窓から見える空は美しくて。
…儚い笑顔に変わりなく、それでも"あの日"に逝ってしまった存在は、まだ。
リヴァイは彼の細い身体を強く抱き締める。
「エレン…!」
一番大事な言葉を、伝えられなかった。
いつもいつも後悔ばかりが降り積もって、本当の言葉を渡しそびれて。
何度も亡くして、何度も出逢って。
後悔は彼を亡くす痛みに杭を打ち、益々臆病にさせた。


「…愛してる、エレン」


いつも、いつだって燻ったままで、伝えられなかった。
震える声音で寄越された告白に、エレンはふわりと微笑んで。
「おれも、あいしてます。リヴァイさん」

しあわせだなぁと、微笑って。










ーーーどれだけの時間が過ぎたか、リヴァイの世界は灰となり、彼方に消えた。

花びらのような灰燼は、まるで手向けのように。
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2013.12.31
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