GIFT.2
ヒュンッとしなった黒い影が、暗闇の中目標とした樹に狂いなく突き刺さる。
半瞬後、その10cm右にガツンとナイフが突き立った。
寸分違わず刺さった2つを近づいて確かめ、ホッと安堵の息を吐く。
「何とか腕は落ちずに済んでるな」
「ナイフはともかく、"そっちの"は毎日立体機動装置使ってんだから落ちないでしょ」
呟いたエレンに、後ろから呆れたような声が続いた。
夜闇に目立つ金髪をバンダナ代わりの黒布で隠したアニは、エレンの投擲した目標へ近寄った。
樹の肌に直角に刺さるナイフを引き抜き、その刀身を僅かな月明かりに翳す。
「…これ、前と違うね」
よく気づいたとばかりにエレンが笑う。
「コニーの新作だよ。ここじゃ道具も材料も揃わねえから、ほんとに試作だけどな」
「ふぅん」
ナイフをエレンに返し、アニはその指で彼の腕を指差した。
「そっちは?」
問い掛けに応え、エレンは両の袖を捲くる。
幅5cm程の黒い帯が対になって両腕に巻きつき、肩口へと消えていた。
この対の帯は右腕と左腕で分かれてはおらず、肩の後ろで繋がっている。
背に回った帯の中央は留め具が嵌まっており、帯はそこから更に下へ伸びて腰に留めているベルトに固定されていた。
エレンは左手をひらりと翻し、ナイフの前に投擲し回収していない黒い帯の先端"spitz(シュピッツ)"を巻き戻す。
樹から引き抜かれた"spitz"は、目も眩むような速さでエレンの左手首へ収まった。
バシッと控えめに響いた音は、円形をした金具の定位置に"spitz"が戻った音だ。
同じ金具は右の手首にも固定されている。
(何度見ても、恐ろしい道具だね)
しなやかに曲がり反発し手元に戻ってくる黒い帯は、ほぼ鞭と同じ素材で作られている。
ほぼ、というのは、伸縮性が限界まで高められているためだ。
立体機動装置のアンカーとワイヤーはガスの力で発射し巻き戻すが、"これ"は違う。
"spitz"の発射は、円形の金具内部に張られている別の帯による強力な反動。
帰りは自身の伸縮性だけで戻る。
ゆえに使用者は、伸縮によるとてつもない引きの力と反動に耐え得る筋力が必要だ。
(立体機動装置とは、使う筋肉が違うって言ってたっけ)
エレンは両手首の"spitz"を同時に樹へ打ち込み、強度が同じであることを確かめる。
「『立体機動装置』だとジャンに勝てねーんだよなあ。ワイヤーとアンカーの扱いは俺のが上なのに」
むぅ、と眉を寄せたエレンに、アニはだからだよ、と返してやった。
「あんたの"Schatten Schlange(シャッテン・シュランゲ)"なんて、誰も真似出来ないよ。
逆に、その癖が出る所為で立体機動装置に負荷が掛かってる可能性が高い」
右の"spitz"を再度打ち出して、けどそれってさぁ、とエレンはアニを振り返る。
「立体機動装置に完全適応したら、"Schatten Schlange"の腕落ちるってことだよな」
ならこのままで良いよ。
バシッ、と小気味良い音を立てて、打ち出した"spitz"が巻き戻った。
笑ったエレンの言にアニも納得し、彼女は腰に下げたウエストバッグから短刀を取り出す。
「もう肩慣らしは終わったんだろ? なら私の肩慣らしに付き合ってよ」
長さの違う短刀を両の手に構えた彼女に、エレンも"Schatten Schlange"を装備した両腕を構えた。
「OK。どこ狙えば良い?」
エレンとアニは、『暗殺』という褒められたものではない生業で生きてきた。
年数で言えばアニの方が長く、知名度としてはエレンの方が高い。
獲物を選ぶエレンと選ばないアニは標的がバッティングすることもなく、難しい標的なら手を組んだ。
訓練兵団に入って、もうすぐ3年。
この後はいずれかの兵団へ入るが、それでも2人は生業を捨てる理由がない。
GIFT:
目標を逃さぬ才(英)/一撃必殺(独)
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2013.7.20
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