毒を喰らわば、
(3.『Jäger』)
ウォール・ローゼ南方訓練兵団第104期生が卒団し、半年。
調査兵団ではその間3度の壁外調査が実施され、ついに南方に広がる巨大樹の森を踏破するに至った。
それは国民の目に見える調査成果として歓迎され、調査兵団への風当たりは随分と弱くなったように思う。
その3度目の壁外調査からの帰りのことだ。
「イェーガーさん!」
ウォール・ローゼ最南端地区へ入り街道を行く中、エレンを名指しする声があった。
調査兵団に、イェーガーという名を持つ者はエレン唯一人だ。
馬上で首を巡らせ、声の主を探す。
「イェーガーさん!」
再度名を呼ばれ沿道に目を凝らし、人集りに視線が集まる箇所を見つけてようやく声の主を探し当てた。
「!」
見つけた姿はエレンに驚きを与えるに十分で、彼はすぐさま上司へ伺いを立てる。
「リヴァイ兵長! 5分だけ良いですか?」
リヴァイはエレンを軽く振り返り、肯定を返した。
「街を出たら走る。遅れるな」
「はい!」
愛馬の轡をグンタへ預け、エレンは馬から飛び降り声の主の元へ駆け寄る。
彼の向かう先に居るのは、齢12程の少女のようであった。
一人の少女が、目前へやって来たエレンを見上げて頬を紅潮させた。
「イェーガーさん、調査兵団の服装もかっこいいです!」
キラキラと音が出そうな輝きの目を向けられ、エレンは久々に見たなぁと苦笑した。
「3年ぶりだな。何でこんなとこに居るんだ?」
淡い栗色の髪を右後ろで固結びにした少女は、パッと右手をエレンへ見せるように広げ掲げる。
「あのね、パイが5つ手に入ったの!」
瞠目するエレンに、少女は構わずに続ける。
「3つはお兄ちゃんたちと食べたの。でもね、2つはイェーガーさんにあげようって」
エレンは金の眼差しをゆるりと細めた。
「2つとも、俺に?」
少女はコクリと頷き、うっとりと歳不相応に囁く。
「イェーガーさんにしか渡しちゃ駄目だって」
あと2年もすれば、この笑みで貴族の1人や2人、軽く落とせるだろう。
「分かった。明日か明後日には行くから、用意しておいて」
人目を憚り頭を撫でるに留めると、少女は不満げに頬を膨らませた。
が、ぱっと笑みを浮かべるとエレンへ手を振る。
「お兄ちゃんたちに伝えておきます!」
彼女は目を瞬く間に人混みの中に消え、相変わらずの素早さだ。
エレンも立ち上がり、随分と先へ行ってしまった自班を追いかけるため走り出した。
調査兵団本部へ帰り着き、怒涛の後始末が夕方になってようやく終わる。
誰もがひと息入れた時分を見計らい、エレンはリヴァイの執務室を訪った。
「兵長、明日から一週間の休みを下さい」
書類に落とされていた視線が、ギロリとエレンを睨んだ。
「おい、エレンよ。寝言は寝てから言いやがれ」
「寝言じゃないですよ。起きてますから」
ピリ、と怒気が膨れ上がる。
この段階で、班員のレベルでリヴァイに近しくない者は回れ右をするだろう。
そもそもの休暇願いにしても、1日2日ならともかく、一週間だ。
兵士に限らずどんな職業であっても、無計画では取得が難しい。
だがエレンは薄らと笑みを敷き、リヴァイの正面に立った。
「"勝負"に勝ったのは貴方ですけど、"賭け"に勝ったのは俺ですよ。"リヴァイさん"?」
兵長、とは言わなかった。
それだけでリヴァイは事を察し、苦虫を噛み潰したように眉間を寄せる。
「てめぇ…」
「あ、俺だけじゃなくて、ジャンとコニーもお願いしますね」
続けたエレンにリヴァイの片眉が跳ね上がったが、発された言葉は文句ではなかった。
「…チッ、約束は約束だからな」
パッと表情を明るくさせたエレンに、ただし、と釘を刺す。
「一週間も内地に居るんだ。調査兵団(うち)に有用なもんを持って帰って来い」
エレンは有用なもの、と鸚鵡返しに呟き、思いつくものを上げてみる。
「えっと、食料、嗜好品、備品とかですか?」
軍用のものは無理ですよと暗に告げれば、構わん、と返った。
「どうせ、内地の豚共の中にお前のパトロンが居るだろう」
あれ、バレてる。
(3年行ってないから、有効かどうか微妙だけど)
きょとりと目を丸くしたエレンの襟口に、リヴァイの腕が伸びた。
「ああ、そうだ」
ぐいと身体を引き寄せられ、耳元で囁かれる。
「てめぇが明日から休みなら、明日の午前くらいは俺が潰しても構わねぇな?」
サッ、とエレンの頬に朱が走った。
原因は羞恥と怒りの両方だ。
「…っ、横暴!」
「そっくり同じこと言ってやるよ」
服を掴む手を離してやればエレンは素早く後ろへ飛び退き、恨めしげにリヴァイを睨み付けた。
その様は野良猫にそっくりで、リヴァイはくつくつと喉の奥で嘲笑う。
「お望みなら1日潰してやろうか?」
「謹んでお断りします!!」
* * *
午前の訓練と今回の壁外調査の結果報告を終え、昼食(というより、それに等しい何か)を掻き込む。
「おいコニー、急げ! 他の連中に捕まると面倒だぞ!」
「…、…! っ、よっしゃ終わり!」
同じ昼食当番のアルミン、ベルトルト、クリスタ、ユミルへ詫びと礼を入れて、ジャンとコニーは食堂を飛び出した。
「どうしたんだろ、2人とも」
「兵長に頼まれたエレンの手伝いって聞いたけど…」
彼らは2人の慌てように首を傾げていた。
部屋へ荷物を取りに戻り、ジャンとコニーは調査兵団本部を飛び出す。
本部に繋がる石畳を走り抜け、開けた平地の道を右へ。
なだらかな道の途中、こんもりと大きな傘のような形の樹があり、その横に辻馬車が停まっていた。
馬車の登り口に、エレンが手持ち無沙汰に腰掛けている。
「おっせーよ、2人とも」
「うるせえ! 訓練サボったヤツに言われたかねえよ!」
開口一番に不満を投げられ、ジャンは苛々と言い返した。
…午前の訓練に、エレンは姿を現さなかった。
リヴァイ班の面々が明言はせずとも苦笑していたので、それは想定済みの状況であったらしい。
エレンはムッと眉を顰めた。
「訓練に出れなかったのは、俺のせいじゃない」
その返し方にジャンが疑問を覚えるよりも早く、コニーが疑問符を上げた。
「エレン、お前眠いのか? さっきからふらついてるぞ」
それだ。
ジャンとエレンの会話というのは、基本が喧嘩腰で成り立っている。
だというのに、先程のエレンは面倒くさそうに返すに留まった。
それも、どこか気怠げに。
(…ん?)
「おーい、兄ちゃん! 揃ったかい?」
脳裏で何かが閃き掛かったジャンであったが、辻馬車の御者の声に思考が中断してしまった。
エレンが馬車に乗り込み、返事をする。
「すみません、揃いました。途中で他のお客さん乗せてくれて大丈夫です」
「あいよ。んじゃ、ウォール・シーナの庶民街だね?」
「はい、お願いします。…おい、2人とも早く乗れよ」
「お、おお」
空っぽの馬車にエレンとジャン、コニーが乗り込み、馬車はゆっくりと走り出した。
エレンの隣にジャンが、2人の正面にコニーが座っているが、コニーは目敏くエレンが欠伸を噛み殺したことに気づく。
「寝ちまえよ、エレン。どうせ動くの夜だろ?」
「ああ、うん…」
元より眠る気であったようで、自分の荷物を少しでも居心地の良くなる位置へ置き直している。
そんな彼に、疑問が湧くのは当然で。
「夜更かしでもしてたのか?」
「…そうなる。寝たのたぶん、朝? っていうか、細切れすぎて寝てない気がする」
ジャンは察した。
エレンが午前の訓練をサボった理由も、リヴァイ班の面々が咎めるどころか苦笑していた訳も。
「はあ? お前一体何やって…」
「馬鹿、コニー! それ以上聞いたら…!」
しかしコニーは察することが出来なかったようで、そのまま問いを続けてしまった。
ジャンの静止も虚しく、俯き加減に閉じられそうであった金色がコニーをじとりと睨む。
「上司の相手を夜通しやってた、って言えば察するか?」
「……あー…」
さすがのコニーにも判った、というか、解るしか無かった。
「下手したら、午前中どころか丸一日潰されてたんだぜ…何なんだよあの体力…」
エレンは眠りに引き込まれる縁で、ぶつぶつと呟く。
…途中、確実に2回は意識飛んでるんだよなあ。
その度に起こされるし、意識無いヤツ甚振(いたぶ)ってもつまらんとか言われるし。
身体の相性は良いから気持ち良いんだけど、無理、あの人体力が無尽蔵過ぎる。
ああいうの何て言うんだっけ?
そっか、絶倫?
「〜〜〜さっさと寝ろ! 内地に着いたら起こしてやっから!」
居た堪れなさにべしっ、とエレンの額を叩き、ジャンは投げ遣りに怒鳴る。
再びムッと機嫌を損ねた眼差しがジャンを見上げたが、すぐにその瞳は閉じられた。
こてん、と傾いだ彼の頭はジャンの肩を枕にしてしまい、内地に着く頃には肩が凝っていそうだ。
「…はあ」
思わず、声に出して溜め息を吐いてしまう。
何が悲しくて、人様の性生活事情を聞かねばならないのか。
いや、対象がシーナの貴族であれば、随分と有益な情報となったろうが。
ねめつけるようなジャンの視線に、コニーも居た堪れずに視線を逸らす。
「…ワリィ」
「判ってんなら空気読め、馬鹿」
すっかり寝入ったエレンを見下ろせば、服から覗く肌に鬱血の跡を幾つも見つけてしまった。
ますます居た堪れず、ジャンはエレンの荷物を持ち上げると中から適当な服を取り出す。
(仕事用ジャケットじゃねーか。まあ、良いか…)
手にしたそれをバサリと広げ、エレンの上半身に掛けてやる。
これで馬車に乗っている間、ジャンの心の平穏は保たれそうだ。
正面から押し殺した笑い声が聴こえ、眉を寄せる。
「なんだよ? コニー」
必死で笑いを堪えるコニーは、馬鹿にしているというよりも、苦笑に近かった。
「いや、だってジャン、エレンの母さんみてぇ」
「……」
馬車を降りたらぶん殴ってやろう、とジャンは心に決めた。
「…で、休暇を許可したわけか」
「ああ」
調査兵団本部・団長執務室にて、リヴァイとエルヴィンは向き合っていた。
エレンに付随してジャン、コニーに出した1週間の休暇の言い訳である。
「今回は次が差し迫っているわけではないから構わないが、毎回となると困ったものだな」
ふむ、と考える素振りを見せたエルヴィンに、リヴァイは告げる。
「…いや、彼奴もその程度なら範疇だろう」
「と、言うと?」
「"繋ぎ"だ。ローゼの街で、エレンを呼んだガキが居たろう」
リヴァイは兵士長という立場ゆえ、街中の隊列では団長のエルヴィンに次ぐ位置を進む。
そのため、彼の班員もまた同じ位置を歩く。
エルヴィンにも、エレンの姓を呼ぶ子供の声は聴こえていた。
「何を話していたかは知らねえが、今回が初めてだ。
おそらくは、あのガキがエレンへの"依頼"を運んで来た」
そしてエレンが依頼を受領可能かどうか、彼の判断を持ち帰っているはずだ。
なるほど、とエルヴィンが納得したのか頷いた。
「エレンとの追い掛けっこで、地下街の子供たちには随分と手を焼かされたそうだな」
「…うるせえ」
扉のノック音に許可を出せば、ハンジとミケが顔を覗かせる。
「おっと、取り込み中?」
「いや、もう終わった」
ハンジの問いにリヴァイが答えれば、2人は執務室へ足を踏み入れた。
入るなり、彼女は持っていた書類を掲げる。
「聞いてよエルヴィン! また104期生の死亡者ゼロだ!」
* * *
『Leon(レオン)』
そう呼ばれる地下街の人間が居る。
『Jäger(イェーガー)』と同時期に姿を消し、最近またその名を聞くようになった殺し屋の通称である。
目撃した者の証言では、涼やかな目元とやや高めの声で、性別は不明。
ウォール・シーナ庶民街の一角、やや低俗な部類の酒場の裏手。
締め切られた小屋の中で、助けを求める嗄れた声と血の匂いが広がっていた。
床には大の字に仰向けになった人間、その手には10cm程の釘を打ち込まれ、磔(はりつけ)にされている。
その横で、1つの影が磔の人間を見下ろしていた。
「…で? アンタ、私が金だけの為にやってるとでも思ってたワケ?」
金さえ積めば、どんな相手でも殺してくれる。
無理難題に等しい条件を吹っ掛けられたら、それは『Leon』が拒否したということだ。
そして一度断られた依頼に食い下がったのなら、『Leon』の機嫌は頗(すこぶ)る悪いと思って良い。
命乞いを口にする男の手を目掛け、影は片足を振り下ろす。
振り下ろされた足はガン! と磔の釘を踏み抜き、男は涸れ枯れの悲鳴を上げた。
影は男の頭上へしゃがみ、視線を合わせること無く言葉だけを投げ付ける。
「早く答えなよ。どこの誰が、工業区のお偉いさんに菓子をやってるって?」
目元以外はすべて黒い布で覆われ、夜の中では青色を映す瞳以外が背景に溶け込んだ。
血の匂いを伴う問答は、誰の目にも留まらない。
地下街、南側のとある一角。
「さっさと諦めて死ねやガキ共!」
「ここらはもうウチのシマなんだよ。その脳ミソはスポンジか?」
破落戸(ごろつき)としか形容できぬ複数の大人たちを相手に、1人の少年と1人の少女が相対している。
コンクリートを打ちっ放した建物の前、地下街ではよくある縄張り争いだ。
「おじさんたち、全然かっこよくない! 気持ち悪いからあっち行ってよ!」
淡い栗色の髪を右後ろで固結びにした少女が、黒いフードで顔を隠す少年の後ろからべ、と赤い舌を出す。
「…わざわざ煽んなよ」
少年の呆れたような声に、少女はだって、と頬を膨らませた。
「やあよ! 『Jäger』さんにこんなとこ見せられないじゃない」
少女の言葉に、破落戸たちが目を見開く。
「『Jäger』だあ? あの野郎、おっ死んだんじゃねーのかよ」
あの"眼"だけでも刳り抜けば、良い値段で売れたろうなあ。
下卑た笑い声を上げた内の1人が唐突に呻き声を上げ、体勢を崩した。
「『Jäger』さんを侮辱するな」
少年と少女には、男の背後から伸び上がった影の姿が見えた。
キラ、と背後の影が光るものを振り抜き、体勢を崩した男の首がガクリと直角に曲がった。
「…っの、ガキ!!」
仲間の首を切り落とした新手の子供に、別の男が手にしたナイフを振り上げる。
その喉へ、別の方向から投擲されたナイフが突き立った。
ナイフの投げ主は、建物の前に居た少年だ。
続け様に2つの死体が出来上がり、残りは、と少年たちが周囲を見渡そうとしたその時だった。
ズガァンッ!
弾薬の破裂音が響き、黒いフードの少年は米神に熱いものが走ったことを感じた。
指で触れれば、赤い血が滴っている。
どうやら、衝撃でフードも外れてしまったようだ。
「動くなよ、ガキ共。手間掛けさせやがって」
相手の内の1人が、面倒な武器を持っていたらしい。
銃など流通経路は酷く限られており…使う人間だって上にもほとんど居ない…、元締めはすぐに絞れるはずだ。
(にしても、どうするか)
とりあえず、先程の1発で死ななくて良かった。
フードに隠していた白い髪が、米神から流れる血の色を吸う。
だが状況の打破を目論む少年が瞬きをしたその一瞬で、状況が一転した。
…銃を手にした男の手が何かに弾かれ、鮮血を散らす。
握られていた銃は跳ね飛びガシャンと無粋な音を立て、男が痛みに喚いた。
「人の家の前で、何やってくれてんだ?」
瞬きを終えた1秒、銃を持っていた男の首に何かが巻き付き、男の身体が物凄い力で地面に叩き付けられた。
長い刃物を持つ少年は、まるで気配もなく現れた別の人間が信じられない。
叩き伏せられた男の首元を容赦なく踏みつけ、乱入者は自分が視認される前に他の男を狙う。
「おい、こいつ拘束しとけ」
「は、はい!」
離れ際に命じられ、渡りの長い刃を仕舞った少年は銃を撃った男を後ろ手に縛り上げる。
両腕の拘束の後に猿轡、両足と手際良く終える。
その間に少年の視界では、事が収まりを迎えようとしていた。
銃を撃った男を地面へ叩き付けた人物は、軽い跳躍で隣の建物の中二階へ足を掛ける。
ほんの僅か動きを止めた人物の腕で何かがキラリと光り、続いてまったく違う2方向から押し潰したような声が上がった。
ハッと声の発生源を見ると、人間が崩れ落ちる様が見えた。
「もう居ないか?」
高い位置から、敵の数を見極めていたのだろう。
ひょいと重さを感じさせぬ動作で地面へ降り、"彼"は少年のさらに後ろへと声を掛けた。
「もう良いぞ、ジャン」
「えっ?」
驚いて声を上げてしまう。
振り返れば、3年前に姿を消した馴染みの情報屋が、今までと変わらぬ出で立ちで立っていた。
ジャンはこれ見よがしに溜め息を吐く。
「ったく、分不相応な武器振り回す輩には参るな」
完全拘束された男を軽く蹴り、意識を失っていることを確かめる。
よいしょ、とその身体を担ぐと、彼は己の名を呼んだ人物へひらりと手を振った。
「じゃーな、エレン。3日後には元締め判るから、ちゃんと寄ってけよ」
「おう」
…間違いない。
情報屋の"ジャン"が去った後、改めて乱入者を見つめた。
「『Jäger』さん…?」
黒いジャケットの、被られていたフードが外される。
3年前に比べるとやや精悍な顔つき、けれど変わらぬ美しい金色の双眸。
栗色の髪の少女が満面の笑みを浮かべた。
「『Jäger』さん!」
少女へ軽く笑みを向けたエレンは、信じられないとこちらを見ている少年へ口を開く。
「掃除屋呼んできてくれるか? 話はそれからだ」
それはそうだ。
少年は頷くと、暗闇の向こうへ姿を消した。
エレンは少女の隣で同じく呆然としている白い髪の少年へ歩み寄る。
気に入りの綺麗な白い髪が、赤い血に塗れている。
「まずは手当だ。傷はそんなに深くない」
告げれば、少年はエレンを見上げコクリと頷いた。
* * *
エレンが3年前まで使っていたアジトの1つは今、8人の子供たちに使われている。
1人は栗色の髪の少女、齢は12ほど。
無邪気な反面、驚くような色を纏える悪魔のような素質を備えている。
2人はエレンを示す『Jäger』を名乗ることを許された少年たち、齢は15と16。
両名とも"Schatten Schlange(シャッテン・シュランゲ)"を用いて暗殺業を営み、エレンを『師』と仰ぐ。
1人は白い髪の少年、齢は14ほど。
エレンから見るとミカサを彷彿とさせる強さを内包し、また本質はエレンに最も近い。
残りの4名は彼らよりも年下で、先の4名の下で子供なりに情報を集めたり医者の真似事をしている。
中にはエレンも初めて見る顔があり、3年の年月は思ったよりも長いと実感した。
(生きているだけマシか)
彼らのエレンを見上げる目はキラキラと輝いており、調査兵団に向けられる羨望の眼差しと似ている。
…そして、以前は在ったが姿のなくなった少年と少女が1人ずつ。
話を聞けば、2人はそれぞれに地上へ出たそうだ。
「今回の『パイ』の話は、そいつらからか?」
誰ともなく問えば、栗色の髪の少女が首肯した。
「はい。片方は、"お姉様"の旦那様が依頼主です」
「へえ?」
地上へ出た少女を、彼女が"お姉様"と呼び慕っていたことを知っている。
高級娼館の見習いに出ていたところを見初められ、紆余曲折の後になんと貴族の妻に収まったというから驚きだ。
『パイ』は、エレンたちの中で標的(ターゲット)を表す符丁である。
元々手に入らない菓子に託(かこつ)けて、エレンの師が使っていたものだ。
…角砂糖、キャンディ、クッキー、パイ、そしてケーキ。
残念ながら、ケーキがどんなものなのかエレンも実物を見たことがなかった。
『Jäger』が狙うのは、人間を家畜同様に売買し、己の欲で蹂躙するケダモノ。
特に子供を対象とする者は、彼らにとって上々の獲物となる。
報酬が高ければ、なお良い。
「標的の情報はどれだけ集めた?」
栗色の髪の少女が話した『パイ』は5つ。
内3つはエレンの選んだ後継者である2人が対応し、残るパイは2つ。
彼らが2つを残した理由は、エレンが壁外調査から戻ってくる時期に重なったこと。
それから、標的を仕留めるには少々ハードルが高いこと。
「1人はアッヘンヴァル公爵家の次男。毎週金曜日の"マリオネット"オークションに現れます。
本人の危機回避力は皆無。使用するルートは2本。ただ、私服の憲兵が3人護衛に着いて来ます」
エレンは金の眼を眇めた。
「そいつらが憲兵だと、周りも知っているのか?」
肯定が返り、小さく舌打つ。
「上に"菓子"か。潰しても大本が潰れないな」
眉を顰めながら、エレンは続きを問う。
「もう1個は?」
『Jäger』の名を継いでいる少年…もう1人はまだ帰るまで時間が掛かるらしい…が答えた。
「ドーレス家の当主とその妻です。それぞれに贔屓のオークションが違う」
ルートはどちらも1本、護衛は屋敷で雇っているボディーガードのみ。
「それから、いつも執事を連れています。こいつは憲兵にも目を付けられている仲買人の1人です」
エレンはこの依頼が自分に回ってきたことの意味を察した。
(確かに、これは面倒臭いな)
トカゲの尻尾切りでは意味が無い、潰すなら頭だ。
コン、ココンと扉からリズミカルな音がし、エレンは顔を上げた。
扉の上部にある覗き窓を覗いた白い髪の少年が、ひょいと羽目板から手を離し飛び降りる。
「『Leon』さんです」
目元以外を黒い布で覆い隠した人物が、アジトに招き入れられた。
きっちりと扉が閉まったことを見届けて、黒一色の人物は頭と顔を隠す布を解く。
半年ぶりに見る顔に、エレンは相好を崩した。
「久しぶり、アニ」
隠されていた髪は、闇に溶けにくいブロンド。
勧められた椅子に腰掛け、アニもまたエレンを見て僅かに笑んだ。
「しぶとく生き残ってくれてて良かったよ、エレン」
酷い言い草だが、調査兵団に属する身としては仕方がない。
アニが憲兵団へ入ったのは、単(ひとえ)にこの地下の人脈を維持する為だ。
そうでなければ、訓練兵時代に釣るんでいた友人たちがこぞって入団した、調査兵団を選んでいる。
本人の気性と目指すものを鑑みると、アニだけでなくエレンも内地に残るべきだった。
…それこそ、兵士になどならずに。
「あんた宛の依頼の話は聞いた?」
「概要はついさっき」
「じゃ、私が追加の情報をあげるよ」
第104期生唯一の憲兵団志願者であるアニは、その希少価値が効いたか内地配属となった。
…余談だが、上位9名と10余名もの多人数が調査兵団を選んだ104期生は、憲兵たちの間で"頭が可笑しい"と評判だ。
アニの担当地区は、ウォール・シーナ南側にある『それなりに裕福な人々』の区域。
ここは地下の人間が『庶民街』と呼ぶ場所だ。
王都である中央区は北へ上ればすぐに、『貴族街』と呼ばれる貴族たちの地区は、やや東に。
地下への出入りも情報探しも、そしてアニの生業である"殺し"も、何と遣りやすいことか!
「エレン、2件のどっちから聞く?」
子供たちはすでに主導権をアニへ譲り渡し、尊敬する2人の遣り取りをじっと見守っている。
「じゃ、アッヘンヴァルの次男の方で」
アニは出された茶を一口飲み、口を開いた。
「標的に着いてくる憲兵だけど、1人はマトモな奴だよ。生かした方が後々お得かもね」
珍しい。
(アニが他人を褒めてる…)
本当に珍しいことだ。
「面識のあるヤツってことか?」
エレンの言葉に彼女は肩を竦める。
「2,3回だけね。やたらとマトモなこと言ってたから印象に残っただけ」
私たちより1年上の卒団兵らしいよ。
「ふぅん。マトモなヤツほど、上官命令に逆らえないって感じか?」
エレンは皮肉混じりに笑った。
「まあそんな感じ。でも中々に頭はキレるみたいだから、私だったら恩を売るよ」
アニがそこまで言うのなら、その憲兵への対処も含めて考えた方が良さそうだ。
「OK。じゃあもう一件は?」
「ドーレスは屋敷を狙った方が良いよ。
通りの入口に憲兵も含めた見張りが居るけど、騙すのは訳ない」
特にあんたならね。
誇らしげにも皮肉げにも聴こえる評価を、エレンは褒め言葉として受け取った。
「ふぅん、思ってたより苦戦しないかもな」
下見と標的の顔の確認、それから憲兵への対策を施せば何とかなるだろう。
エレンは思い出したようにアニを見返した。
「今の情報料、幾らくらいなんだ?」
すぐに払えと言われても払えない。
そんな事情はとうに承知済みだが、アニは悪戯を思い付いたように笑った。
「じゃ、手付金だけ貰っとくよ」
「は?」
お互い椅子に座っていたエレンとアニの間に、テーブルのような障害物はない。
立ち上がり1歩進めば、相手のすぐ正面だ。
エレンがあっと思ったときには、すでに彼女の両手はエレンの両頬に宛てがわれていた。
…軽いリップ音と共に合わせられた唇。
(また気づかなかった)
散々リヴァイと肌を重ねてはいるが、相変わらずエレンはそちら方面への意識が淡白である。
いつだったか『もう少し警戒しろ』と言われ、『命の危険や負の感情なら分かります』と答えたら『そっちじゃない』と言われた。
『じゃあリヴァイさんを警戒すれば良いですか?』と聞いたら、残念なものを見る目が向けられた上に蹴られた。
理不尽過ぎる。
舌を絡める口づけを数秒、最後に触れるだけのキスをして、アニはエレンから離れた。
「上手くなったね、エレン。特訓でもしてるの?」
わざわざ揶揄ってくる辺り、今日は饒舌なようだ。
エレンは吐きそうになった溜め息を飲み込む。
「言わせんな。疲れる…」
アニは込み上げた笑いを喉の奥に押し込み、やたらと静かな空間にようやく気付いた。
不思議に思い子供たちを振り返れば、彼らは完全に固まっている。
瞬きを忘れたのか、発する言葉を忘れたのか、そして頬が赤い。
手で口元を抑えたり、両手で顔を覆っていたり。
共通するのは皆、顔が真っ赤であることだ。
「…別に、珍しい見世物じゃないでしょ」
地下街でキスシーンなど。
呆れたようにアニが零せば、栗色の髪の少女がぶんぶんと首を振った。
「い、『Jäger』さんと『Leon』さんのキスシーンが、そこらのどうでも良い景色と同格なわけないじゃないですか…っ!!」
良いなぁ、私も『Jäger』さんとキスしたい!
座ったままのエレンの腰辺りに飛び付いて、少女はエレンを上目遣いに見つめる。
エレンは苦笑し、彼女の頭をゆるりと撫でてやった。
「話は後で聞いてやるから、とりあえず俺に仕事させろ?」
明るい内に下見に行くか、とエレンは要件を済ませたアニと共に地上へ出た。
時刻は、エレンの好む黄昏時。
裕福な街だろうが薄汚れた街だろうが、ふとした拍子に訪れる静寂。
他の目も耳も、気配すら失せる瞬間がある。
アニが口を開いたのは、そんな空白だ。
「さっき黙ってた"菓子"の話だけど」
足を止めたアニは、エレンを見遣る。
「3人の"上"が受け取って、そのままさらに上に流れてる」
そこから流れる先が本題だと言われ、エレンは軽く首を傾げた。
「隊長とかその辺りから、憲兵外に?」
一体"どこ"を"絞めた"んだ?
問えば彼女は企業秘密だと笑い、すぐに表情を改める。
「流れてる先は、工業区のお偉いさんだ。あんた、調査兵団で何か変わったことなかった?」
「変わったこと?」
「例えば、物資の仕入れが滞ってるとか」
例えどころではなく、そのものズバリだった。
「そうそう。確か兵長が、ガスと半刃刀身の仕入れ値が上がったって」
書類を見て盛大な舌打ちを零したリヴァイに、気になったエレンは尋ねてみたのだ。
『どうしたんですか?』
『どうもこうもねえ。工業区の奴ら、調査兵団(うち)の足元見て値段吹っ掛けやがった』
元々、あまり懐事情の良くない調査兵団である。
しかも武器は食料に続く最重要項目、手に入らなければ調査にも出られない。
エレンの言葉に頷いたアニは、続けた。
「じゃ、次。最近、調査兵団の人気が上がってるの知ってる?」
「え? そうなのか?」
初耳だ。
でもそういえば、ウォール・ローゼ南方の街々で、出迎えの人々が増えている気はする。
「死亡率が下がった。目に見える調査結果が公表された。
調査兵団本部のあるウォール・ローゼの人間は、調査兵団を『見る』ようになった」
そうなると、困るのは誰か?
「憲兵団だよ」
アニは皮肉に口元を歪めた。
散々、税金の無駄遣いだ死に急ぎ集団だと見下してきた調査兵団が、市井の支持を集め始めた。
ウォール・シーナは保守的だが、ローゼとマリアは違うのだ。
エレンにもようやく、アニの言わんとしていることが見えてくる。
「…嫌がらせなわけか」
ざっくりと言い表せば、そういうことだ。
3人の憲兵とその上の隊長クラスの名前、そして"菓子"を受け取っている工業区の責任者の名前。
それらを記憶に入れ込んで、エレンは標的の1人の屋敷へ足を向けた。
「…にしてもアニ、憲兵団の中で顔広いのか?」
隣を歩くアニは肩を竦める。
「別に。ジャンの真似してみただけだよ」
そういえば先の銃の出処は判っただろうか? とエレンは思い出した。
* * *
「どうぞ」
差し出された真っ白な封筒は、随分と上質なものだ。
受け取ったエルヴィンは封を切り、中に収められていた書状を改める。
2分程だろうか、一心に読み進めた後に出たのは、溜め息に近い感嘆であった。
「…驚いたよ」
エルヴィンは封筒の中身だけを、傍の壁に寄り掛かり場を見守っていたリヴァイへ差し出す。
何が書いてあるのやら、リヴァイは手にした書状を見下ろした。
そうして書状の半分まで読み進めて、目を見張る。
差出人は連名、ウォール・シーナ工業区代表者と工場総責任者の名が連なっている。
内容は、ガスと半刃刀身を筆頭とする武器の販売価格の変更について。
吹っ掛けられて上がる前の値段よりも、さらに2割は下げられている数字に思わず見直してしまった。
「おい、エレンよ。てめぇ、どうやってこんなもん引き出した?」
配達屋よろしく封筒を届けにエルヴィンを訪れたエレンに対し、リヴァイの視線が刺さる。
…それはそうだろう。
調査兵団として交渉した訳でもないのに仕入れ価格が大幅に変わったのなら、憲兵団や貴族から要らぬ追求が来る。
エルヴィンもまた同様の眼差しをエレンへ向け、しかしエレンは小首を傾げた。
「心配しなくても、調査兵団に変な追求は来ませんよ。あくまで『工業区代表たちの勝手』なので」
俺はただ、手塩にかけて創った武器を使わずに腐らせる憲兵をどう思うか、って聞いただけです。
(まさか、それだけでは有るまい)
エルヴィンは納得を留め置く。
エレンが語ったのは10ある内の…多くて1、その裏にどれだけ隠されているやら。
「あの憲兵共が、そんな説明で納得すると思うのか?」
疑問を口に出したリヴァイに、エレンはクスリと笑んだ。
「思いませんよ。憲兵に脅されたら、工業区代表も工場総責任者も正直に言うでしょうね。
"『Jäger』に脅迫されている"と」
何を言っているのか、この子どもは。
調査兵団団長と兵士長が揃って戸惑う光景に、エレンは愉快な気持ちを隠しきれない。
「兵長も団長も、何でそんなに不思議そうなんですか?
調査兵団の一兵士である俺と『Jäger』を繋ぐものは、何も無いんですよ」
"エレン・イェーガー"と暗殺者『Jäger』が同一人物だと証明するものは無い。
そして『Jäger』は、1人ではない。
リヴァイたちが地下街へ勧誘に来た頃こそ単独であったが、エレンの師もまた『Jäger』であったのだ。
「『Jäger』は内地の豚共が憎い。仲間を何人も殺してる憲兵も同じ。
憲兵の懐を潤わせるくらいなら、憲兵団と敵対している調査兵団に金が流れた方が良い」
そっくり同じ文句が、工業区代表と工場総責任者の耳元で囁かれた。
『何なら、工場まで来て貰えば良いのでは?
自分たちの創った武器がどのように使われているのか、そこで直接訊けば良い』
重なっていた2枚目の書状が、それだ。
団長であるエルヴィン、人類最強と呼び声高いリヴァイ、そしてここ数年を生き抜いている兵士数名。
自分たちの仕事がどのような成果を上げているのか、彼らに工場の者達へ話して欲しいと要望が書かれている。
これは受けるしか無いだろう。
「兵長が俺に言った、"調査兵団に有用なもの"。これで十分ですよね?」
否やの声は発されず、エレンはエルヴィンの執務室を後にする。
扉が閉じ彼の気配がすっかり消えてから、リヴァイは盛大に舌打ちを零した。
「あのクソガキ…」
エレンはまだ、諦めていないのだ。
暗殺者で在り続けることを、ウォール・シーナの地下街へ戻ることを。
エルヴィンは眼差しを伏せると、机上で組んだ両腕に顎を乗せた。
「さすがに、手強いな」
あの年齢でここまで強かだとは、目測を誤っていたと言うべきか。
さすがに、地下街の食物連鎖を足元にしていただけはある。
「この書状も、ある意味私たちへの脅しだからな」
リヴァイから返された書状を元の通り封筒に戻し、抽斗の1つへ仕舞い込む。
調査兵団という後ろ盾が無くとも、これだけのことが可能。
自身の有用性を説くと共に、警告する。
『エレン・イェーガー』が、刃も峰も判らぬ抜き身の剣であることを。
「逃がす気なんざさらさらねえが、策は講じるべきだな」
未だ扉を睨みつけているリヴァイに、エルヴィンは曖昧に頷いた。
「まあ、それが一番だろうね」
ふわりとした不確定の言葉に、振り返る。
「おい、エルヴィン」
分かっているとばかりに、エルヴィンは机上の腕を下ろしもう一度膝の上で組む。
ギッ、と椅子の背凭れが音を上げた。
「リヴァイ、君も気づいているだろう? あの子の影響力に」
「……」
「104期の新兵たちは良い例だ。訓練で班ごとに分かれても、終われば彼らはエレンの元へ集まる」
彼の身内であるジャンやミカサたちは置いておこう。
彼らを抜いたとしても、可笑しなことだと言える。
(そもそも、今期の調査兵団志願兵が多過ぎた)
元調査兵団団長であったキースもまた、エレンたちの教官として似たようなことを言っていた。
「今期の新兵の半分は、エレンに影響されて志願したんだろう」
決めたのは彼ら自身だ、誰かにそれを責める謂れも責められる謂れもない。
何より、とエルヴィンはリヴァイを見る。
「君がそこまで執着するとは思わなかったよ、リヴァイ」
そしてハンジも。
リヴァイとは別の意味で調査兵団の代名詞である同僚の名を上げ、エルヴィンは笑った。
言われたリヴァイは眉を寄せたが、何も発しない。
第104期生たちにとって初めての壁外調査。
あれ以降、ハンジは自身の分隊を副官に任せてリヴァイ班を尋ねるようになった。
持ち前の研究心からエレンの第六感について気になるのかと思っていたが、それは理由の半分にも満たない。
いい加減邪魔だったのでリヴァイが問い質せば、彼女は一言。
「えぇー? エレンに構いたいだけだよー」
などと宣ったので、思い切り蹴り飛ばしたのも懐かしい話だ。
きっと5mは吹っ飛んでいた、とはリヴァイ班エルド談である。
ハンジは朗らかで、どんな人間でも取っつきやすい人柄だ。
話し掛けるのに気後れはしないだろうし、何の接点もなかったのに彼女から突然話し掛けられた者など数え切れない。
しかし、彼女も人間だ。
彼女曰く『愛』である巨人以外に心を砕く存在を、エルヴィンは数える程しか知らない。
…筆頭が、目の前に居るリヴァイだ。
長く生き残っているという意味でも、友人という意味でも。
友人にしてはリヴァイのハンジに対する扱いは雑だが、それはご愛嬌というものだ。
「確かに、最近やたらとうちの班に突撃してくるな、アイツ」
悪い人間ではない、人を見る目もある。
ゆえにエレンが彼女の目に留まったか、それとも。
エルヴィンは椅子に凭せ掛けていた背を離した。
「"影響"というよりも、"侵食"かな」
周囲への影響力の大きな人材が、こうも短期間で籠絡させられるとはね。
「操られちゃいねえが」
心外だと目で語るリヴァイを見返し、肩を竦める。
「似たようなものだろう? 一週間もの休暇を出してやった時点で」
許可を出した私も似たようなものだが、と続け、エルヴィンは特に意味もなく扉を見据えた。
「…仕掛けは用意している。次の壁外調査の結果で、それが使えるどうかが判るさ」
「お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
これは"駆け引き"だ。
(外れかけた首輪を締め直す為の)
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2013.9.20
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