俺の(私の)可愛い弟

(2.俺の可愛い弟)




俺には、たった20日しか歳の違わない妹が居る。
人形みてぇにキレイな顔をした、説明するなら同居人だ。
黙って微笑ってりゃ大抵の大人が言うこと聞いちまいそうな容姿の癖に、気を抜くと口が悪くなる。
口の悪さは俺も人のことは言えねえが、美少女が言うのとでは威力が違うだろ。

親父が再婚して『アイツ』が義兄弟になってから、変わったものは環境くらいだ。
住む家が変わり、通う学校が変わり、実母すら覚えていない俺に新たな母親が出来て妹が出来た。
養母は「母と呼ばなくて良い」と言ってくれたので、その言葉は有難かった。

親父は元々家にあまり居ないような仕事だったが、養母もどうやら仕事が好きなようだった。
おかげで俺とアイツは、2桁も行かない歳で家の中の家事をすべてこなせるスーパー小学生だ。
ダッセェ表現だが、ダチが言ったこの言葉は、まあ言い得て妙ってやつかもな。

小難しいもんは互いに無理だが、料理と洗濯は交代制。
服のボタンを付け直すだとか、そういった裁縫はアイツが。
掃除は俺がやっている。
前の家より広い分掃除に掛かる時間も増えたが、綺麗にするのは俺の趣味みてぇなもんだから問題はない。

そうして俺が新たな家族と暮らし始めて、1年が経った頃。
養母が身籠った。
他人から見ても親父と養母は仲睦まじかったので、そのうち来るだろうとは思っていた。
が。
「思ったより早ぇな…」とうっかり呟いた俺に、アイツが頷いたのが見えた。

何といっても、初めての弟だ。
アイツにとっても、初めての弟だ。

いつか「お兄ちゃん」と呼んでもらえるのだろうか。
他人でしかなかった俺たちは、きっとこれで、本当の『家族』になれる。
そのために出来ることを、考える。

「ねえ、リヴァイ。掃除の仕方教えて」
「ならヒストリア、お前は俺に裁縫を教えろ」

俺の名前はリヴァイ・レイス・アッカーマン。
アイツの名前はヒストリア・レイス・アッカーマン。
戸籍上だけの家族であった俺たちは、このとき初めて、確固たる指針を手に入れた。

母親の居ない環境で育った俺には元々からして初めてだらけだったが、養母が身籠ってからはそれに拍車が掛かった。
腹ん中で人ひとり育てるんだ、いろんなもんが変わって当然だ。
養母の味の好みが変わって食えないもんや食うものが変わったときは、アイツと2人してインターネットを駆使しつつメニューを考えた。
腹がだいぶ大きくなって来た頃には、足元が見えないと気づいて買い物は俺たちのどちらかが必ず付き添うことにした。

妊娠して体型が変わっても、ファッションモデルとしての仕事は減らないらしい。
養母はマタニティファッションとやらのモデルに配置替えになり、相変わらず仕事に行く。
本人や親父より、余程俺たちの方が養母に何かありやしないかとやきもきしていたと思う。

ひやひやしながら日々を過ぎ、アイツと一緒に養母の腹を触らせてもらったとき。
ちょうど腹の中の赤ん坊も起きていたのだろう。
内側からの胎動…たぶん蹴ったんだろう…を感じたときには、柄にもなく感動した。
ちらりとアイツを横目で見ると似たような顔をしていたので、こういうとき思うことは同じなのか、と発見した。

養母が仕事を休みにしてからは、ひたすら母子ともに無事に産まれろと祈っていたように思う。
両親の職場やら知り合いから届くベビーグッズを整理するのも日課だった。

運命の対面は、極あっさりと。

赤ん坊は小さくて、人間というより動物のような感じだった。
泣くと寝るの繰り返しで、養母はいったいいつ寝ているのかと心配になった。

親父が早く帰って来るようになったので、養母のことは親父に任せて俺とアイツは今までどおり家のことをしていた。
時折、静かになったタイミングで赤ん坊を見に行く。

初めのひと月は、この歳では驚くほど早く過ぎた。
赤ん坊は段々とヒトらしくなっていき、気づけば笑いかけてくれるようになった。
俺はガキの癖に人相が悪いから怖がられるかと思っていたが、養母は「ちゃんとお兄ちゃんだと解ってるのね」なんて言う。
…それに感激したなんて、内緒だ。
小せぇ手に指を近づけると、大した力でもねえのにぎゅっと握ってくる。
何も分かってないのに笑いかけてくる赤ん坊を見てると、胸の辺りが温かくなった。

かわいい。
「かわいい…」

向かい側で、俺の心を読んだようにアイツが呟く。
目線は赤ん坊に向いているから、無意識か。
相変わらず養母は大変そうで、赤ん坊は大泣きしては俺たちを狼狽えさせる。
…すげぇな。
こんなに小さいのに、溢れるような力強さで。
飄々としてやがる親父ですら慌てさせて。

大事な大事な、俺とアイツのたったひとりの弟。
呼んだ名前は重なって、降り積もる。

「エレン」

幼いながらに守ると誓った、大切な弟。
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2017.7.21
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