アリ・ディッラ・リベルタ

(取り戻せ、我らの自由を)




「ベルトッキ一家(ファミリー)当主、ロベルト・ベルトッキ」
宣告が、下る。
「"スキャッグス"の違法所持、及び戦争教唆の疑いが確定」
夜灯に伸びる、人間としては異様な影と。
街灯が、電線が、不意に火花を散らす。
「これにより、"Red Raven"による刑を執行」
現場を目撃した者たちは、後(のち)に語った。

『 アレは "Red Ravenそのもの" だ 』


*     *     *


相も変わらず、忙しない。
ほんの僅か余所見をしながら歩くだけで、誰かにぶつかりそうになる。
久々の本部へ足を踏み入れ、ウォルター・マーキンはふっと苦笑に近い笑みを漏らした。
(相変わらずだなあ)
忙しい誰かの邪魔をする気はまったく無いので、とりあえず目的地へと足を運ぶことにする。
まずは自室へ戻り、武器を放り込んだ。
(何ヶ月ぶりかねー…)
とっ散らかった部屋は、"整理整頓"の対象に相応しい。
仕方がないので、ここは後で掃除しよう。
これでは武器の整備も出来そうにない。

身軽になった身体で、部屋を出る。
(…アンディは部屋にいねーのか)
何かと気に掛かる『IV(4番目)』は、帰ってはいるものの不在らしい。
その内会うだろうと踏んで、"Red Raven"作戦本部に向かう。
途中で通りすがった同僚たちの部屋も、人の気配が無かった。
("アイツ"もいねーのかな…?)
目当ての扉を軽くノックする。

「ウォルター!」
「おかえり。いつもごくろーさん」

方々から風当たりの強い"カラス"ではあるが、同じ巣の人間であれば話は別だ。
現場以外のサポートに徹する面々に挨拶を返し、目当ての人物を捜す。
きょろりと部屋の中を見回し、1人を見つけた。
「モニカ秘書官、カルロ裁判官は?」
直属の上司の有能な秘書は、労りの言葉と共に小さなため息をつく。
「上に呼ばれて外出中です。なので、報告は私が聞きますね」
彼女は作戦立案用の資料をささっと避け、広げられた大判地図に鳥を模した駒を置く。
置かれた地点は、今回ウォルターが赴いた街だ。
椅子を勧められ、素直に腰を下ろす。
「とりあえず、任務遂行については特に問題なかった」
当たり前の事実を告げれば、モニカの手元で資料が捲られた。
「判定書の名前は、覇権争いをしていたファミリー両家でしたね」
判決文はいつもの通り、禁止武器"スキャッグス"の所持。
(武器も、マフィアも、ほんとロクでもねえ)
任務内容に変化はない。
任務遂行にも、何ら支障はなかった。
(ああ、けど…)
机に預けた腕に顎を乗せ、ウォルターは視線を伏せる。
「"Red Raven"に対する反応は、異様に見えたなあ」
伏せた眼の裏に、一昨日の光景を思い描く。

時刻は夕方に差し掛かろうとしていた。
都合よく両家がドンパチやっているところへ割り込み、判定書と十字の金釘を叩き込んだ。
死体に突き立った釘は墓標であり、ウォルターが『葬儀屋(ファイナル・ディレクター)』と呼ばれる所以でもある。
血色と同じフードコート、その背に描かれた処刑者ナンバー。
場に居合わせた者たちは慄き、後退った。

『に、逃げろ! "Red Raven"にゃ勝てねえ!!』

恐怖されることは職業柄、本望だ。
だが"勝てない"なんて、銃弾を避ける前に言われるなど初めてだった。
「あー…あと次の日、街の人も変なこと言ってた」
十字架の突き立った2つの死骸と、赤い封筒の判定書。
事実は風の様に飛び回り、街中がその話で持ち切りだった。
違ったのは、風聞の中身。

『あのときのように、天罰が下されたのさ』
『これで安心して街を歩けるわ』

何を言っているんだと、耳を疑った程だ。
(天罰とか、マジありえねぇし)
ウォルターの疑問に、モニカはどこか遠い目をした。
「ああ…この街は、1年前とその半年前に『彼』が出向いた街だから」
しん、と部屋の中が静まり返る。
その意味を、ウォルターとて知らぬわけではない。
「…そゆこと」
ならば納得できる。
勝てない、と真っ先に断定されてしまった理由も。
天罰だ、なんて形容された訳も。
「じゃあ、他に俺が報告できることはねーかな」
「そうですか。カルロ裁判官は夕方に戻ってくるはずですが、少なくとも明日は休みですよ」
ウォルターはずっと移動しっぱなしでしたから。
お疲れ様と同義の言葉を投げ掛けられ、有り難く受け取った。
「それは良かった。ところで他のメンバーは?」
モニカが目を瞬く。
「アンディ、部屋にいませんでした?」
「どの部屋も人の気配なし」
「あら…。じゃあ街にでも行ったのかしら? 医務室と病院以外の場所にいるんじゃない?」
「そりゃそうだろうなー」
苦笑いで返せば、モニカも肩を竦めた。
「I(1番目)、III(3番目)、V(5番目)はそれぞれ任務中ですよ」
思った通り、数字が1つ足りない。
じゃあ、とウォルターは勿体ぶって口を開く。

「0(0番目)は?」



司法図書館から南にやや下ると、この都市のシンボルたる議事堂が見えてくる。
都市内のどの建物よりも3階分飛び抜けていて、ドーム天井の部分まで100年前の遺物らしい。

職業柄と言ったら間違いなく怒られそうだが、簡単な鍵ならピン1つで開けられる。
別に俺だけじゃないし、とウォルターは胸中で言い訳をした。
ピンならぬ細長の釘を取り出し、議事堂の外階段に繋がる格子扉を開く。
何せ歴史のある建物なので、錠前は新調されない限り簡単なものである。
扉の内側は暗く、外の明るさに慣れた目では何も見えない。
だがすでに通い慣れた道筋、迷いなく螺旋階段を上る。
己の足音のみが螺旋空間に木霊し、左手で触れ続けている手摺だけが物としての感触を伝えた。

ふっと手摺の感触が途絶える。
右手を前に伸ばせば、ちょうど感触の違う壁に触れた。
屋上に出る扉だ。
手探りで取っ手を探し、掛かっているはずの鎖と鍵が外れていることを認めた。
取っ手を捻り、押し開く。

日が傾き始めた時刻、まだまだこの都市は賑やかだ。
けれどその喧騒も、この高さまでは聴こえない。
議事堂ドーム天井の外側をぐるりと囲う、メンテナンス用の通路。
その一角で見つけたいつもの姿に、ウォルターは少しだけホッとした。

「エレン」

名を呼べば、グリーンベリルの眼がこちらを捉えた。
「ウォルター! おかえり!」
彼から貰うその言葉が、他の誰に貰うよりも心に響く。
「うん、ただいま」
エレンの笑顔はいつだって、沈みやすいウォルターを引き上げてくれる。
…彼は本当は、こんな処でこんな仕事をやっていて良い人間じゃない。
ぎゅっと後ろから抱き締めれば、擽ったいのか笑い声が漏れた。
「お前が出向いた街に、俺も行ってきたよ」
1年前、そのさらに半年前。
今抱き締めている彼は、どんな『処刑』を魅せたのだろうか。
首筋に顔を寄せれば、彼特有の匂いがする。
人としての匂いと、そこに時折混じる…金属の匂い。
抱き締めるために回した腕に、ふと彼の手が添えられた。
「へえ。どうだった?」
感触は人と同じなのに、いつだって異様に冷たい彼の手は。
「…お前の印象が強烈すぎて、こっちまで"天使扱い"だったぜ」
素直に告げれば、クスクスと笑い声が返る。
「"仕事"は楽だっただろ?」
「……まあ」
楽な仕事に越したことはない。
しかし、あのような扱いを受けるのはいただけない。
「人間は、カミサマになんかなれないのに」
ああ、でも。
(天使なら、なれるか)
ウォルターは抱き締める腕の力を緩めた。
「なあ、エレン。久しぶりに…見せてよ」
お前の『翼』を。

彼の腕は、手は、指先は、いつだって冷たい。
氷よりは温く、けれど体温より暖かいことはない。
「いいよ」
一言、エレンはウォルターへ離れるように告げる。
応えてウォルターが後ろへ1歩下がれば、エレンは両腕を横へ広げた。
するとパチリ、という小さな音を立ててコートの両袖が下へ落ち、白い腕が顕になる。
このコートは『Red Raven』である目印であり防護服(もしくは武器の仕込み)も兼ねているが、エレンは少し違った。
彼の場合は両腕に限り、服の袖が邪魔でしか無いのだ。
ーーーカチカチ、カチャン、カシン。
細やかな金属の組み上がる音は、完成されたオーケストラのように淀みない。
それらはやがて大きな1つの音へと重なり、金属質でありながらバサリ、と音を立てた。

処刑者No.0、『始まりの翼(アラ・ディ・ニッゾ)』。

マフィアを憎み、しかし武器は憎まない。
失わせる"武器"ではなく引き金を引く"人"を憎む彼は、この組織において異端だった。
("始まりでありながら異端である"。カルロ裁判官はいつもそう言ってた)
けれど彼もウォルターも、他の仲間たちも共通して言える。

金属で造られた翼は、それを持つエレンは、とかく美しい。

「早く、見つけてくれねえかな…」
両腕を両翼と化したエレンは必ず空を見上げ、そう呟く。
誰を指しているのか、残念ながらウォルターにも分からない。
それでも、彼の望みが叶えば良いと思う。
「大丈夫さ」
例え彼の望みが、"エレン(自分)という存在の破壊"であったとしても。
…ウォルターは知っている。
カルロとスカルラッティ議員の他に知る者のない、エレンの真実のひとつを。

彼の背に大きく刻まれた、スキャッグスの紋章を。
紋章の中央に恭しく記された、『000』の逆さ文字(リバースナンバー)を。


*     *     *


『自由の翼(アリ・ディッラ・リベルタ)』
政府ではない、マフィアでもない、教会でもない。
ただ人間の尊厳と意義を、信念を、そして自由を掲げる組織が在る。
誰も実態を知らない、けれど実在する、存在ゆえに矛盾し、だからこそ人間であることを示す者たち。
属するものは皆、黒白(こくびゃく)の重ね翼の紋章を身に付けているという。
ハンジは服の下に隠すペンダントトップを、そっと握り締めた。
その様はまるで祈りにも似て、彼女は部屋の中央、温い液体に囚われ眠る少年を見上げる。
「…エレン」
彼の瞳が閉じられて、何年が経っただろう。
このままでは覚めることのない夢に浸され、せめて夢が穏やかにあれと願うのみだ。
扉が来訪者の音を鳴らし、ハンジは眼差しから温度を消し去った。
「邪魔するよ、ハンジ」
ここを訪問できる者は、極々僅かだ。
基本的に、やって来る相手は今目の前に居る人物だけであるが。
「何かありましたか? ジークフリード卿」
ジークフリード・スキャッグスは肩を竦めた。
「相変わらず、つれないねえ」
とりあえず、その武器を下げてくれると有難いかな。
カチカチ、と金属質な羽音がジークフリードを取り囲む。
ハンジはここで初めて、口の端を吊り上げ笑った。
「貴方の技術の結晶ですよ。もうちょっと喜んで貰えませんかねえ?」
スキャッグスの武器は、美しい。
それはハンジも大いに頷くところであり、そこだけは彼に敵わないと認めることが出来る。
…エレンを捕らえてさえ、いなければ。
元からこの部屋の幾箇所かに停まっていた、鋼色の鳥たち。
今、彼らは姿をそれぞれの大きさに見合う銃に変えて、銃口をジークフリードへと向けていた。
ジークフリードは満足そうに、スキャッグスを統べる目を細める。
「もちろん、満足しているさ。…"000"はもはや芸術だ。アレを壊すことは、誰にも出来ない」

スキャッグス・リバースナンバー000、『始まりの翼(アラ・ディ・ニッゾ)』。

この世には、自分とそっくり同じ姿の者が3人居るらしい。
けれど"エレン"はそうじゃない、都市伝説を人の手により捻じ曲げられてしまった哀れな"スペア"。
今ここで眠っている『エレン』の驚異的な再生力を持つ細胞を移植され、そして武器に合わせて造り替えられてしまった人間。
(そして、エレンの為の仮初の自由)
この男は知っているだろうか。
"000"が飛び回る度に、『エレン』の片翼を呼ばうことを。
眠るエレンの背に、翼としか思えぬ痣があることを。
不思議なことに翼型の痣は右の翼だけで、左の翼は別の者の背に在った。
(そろそろ見つけたかい? リヴァイ)
ジークフリードの言う通り、"エレン"を壊すことは出来ない。
金属で造られた翼は、それを持つエレンはとかく美しく、破壊の前に所有欲が勝ってしまうのだ。
制作主たるジークフリードも同じだろう。
壊せるのは唯一人、本物を知る"片翼"だけ。
(早く来ないと、私が此処ぶっ壊しちゃうよ?)
憎い、憎い。
エレンを捕らえ閉じ込め、自分たちから奪おうとする『スキャッグス』を!


*     *     *


『見つけました、リヴァイさん。アラバントで、カラスの"IV(4番目)"と一緒に居たところを目撃されています』
「…そうか」
通信機代わりの鋼の鳥が、部下の報告を伝える。
ジクジクと痛む背に眉を寄せながら、リヴァイは傍の立ち木に停まっていた鋼の2羽の鳥を招く。
リヴァイの右腕に停まった2羽はカシャンカシャンと細やかな金属の音を上げ、瞬く間に1つのものへと姿を変えた。
…スキャッグス"番号無し(ノーナンバー)"を改造した、彼の愛器たるガンブレードへ。

「待ってろ、エレン」

必ず辿り着いてやる。
仮初のお前を壊して、本当のお前の元へ。

痛むリヴァイの背中には、左翼としか思えぬ翼型の痣が在った。
--- アリ・ディッラ・リベルタ end.



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2013.11.17

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