神は非礼を受けず
(4.ある刀たちの策応)
《時の政府》に関わる人の子は、一部を除いて思い違いをしている。
本霊にとっての刀剣男士…つまり分霊とは、一方通行の関係性でしかないことを。
相互リンクなどしていないし、折れた分霊が本霊へ還元することだって無い。
それは開発元のOSと、我々の手元にあるOSの関係性に近いだろう。
ゆえに本霊から分霊へのアプローチがない限り、ふたつの間には何も存在していないに等しかった。
おまけに分霊は人の器に入るため、本霊の持つ多くを削ぎ落とされている。
削ぎ落とした結果、審神者という少々霊力が強いだけの一般人でも、彼らの持ち主として認識してもらえるのである。
分霊を創るのは本霊だ。
刀剣男士という人に近過ぎて脆い肉体に、己の何を核としてどのように入れ込むのか、そこには相当な試行錯誤があった。
だから何だというのは、つまり。
分霊の性格が、行動が、本霊とまったく違う状況があり得るということだ。
例えば加州清光と大和守安定は、唯一ではなく量産された刀だ。
その中で付喪神が生き残っていた個体が話し合い、刀剣男士・加州清光と大和守安定となった。
骨喰藤四郎は燃えて記憶が無いことは本当だが、それは江戸の大火で燃え落ちたところまでだ。
以降の記憶はきちんと保持しているので、あそこまで無口でも無表情でもない。
平安生まれの刀剣男士たちは総じて話を有耶無耶に誤魔化してしまう傾向にあるが、千年の記憶を何とか80年分くらいにまで削ぎ落としたのだから、もう仕方がない。
では、《霊剣山姥切》と《国広の写し》は、どうだったのか。
『極』という伸び代は初期から議論されており、分霊は初めから「成長ありき」で調整されていた。
成長ありきということは、本霊そのままでは困るということになる。
当時のことに反省点があるとすれば、それは長義にあった。
成長する余地があるような分霊に、と曖昧に過ぎる要望を受けて何も考えつかない国広に、長義はこう言ったのだ。
「じゃあお前、いっそのことジメジメしてみたら?」
国広が布で顔を隠すのは、観られるべきは本歌であり写しを観る暇があったら本歌を観ろ、という意思表示だし。
纏う布がボロボロなのは、刀精であった国広を心配した長義が分け与えた霊力を、決して使い切るまいと必死に繋ぎ止めた名残だし。
刀剣男士・山姥切国広の「比べられるのが嫌だから」に代表される台詞は、本霊の精一杯頑張った《これから成長しそうな設定》なのである。
なお、そうなった原因を作りし本歌様は。
「お前がそう創るなら、俺も揺らぎを持たせないとね」
自身への絶対的自信とノブリス・オブリージュの精神はそのままに、号の由来が不安定である、という設定を分霊に入れた。
「というか、俺は人の子から見ると銘・長義であって、《山姥切長義》と紹介されたことは一度も無いよ」
いつだって、堀川国広の刻んだ長い銘の後に「霊剣山姥切とも呼ばれる」と表記されてきた。
他の兄弟刀と違って、長義は刀工の銘が無く《霊剣山姥切》だった。
それが長義作であることは、銘が無くとも当たり前のことだったのだ。
「三池派のように、霊力の強い刀が欲しかったのだろうけど。いきなり《山姥切長義》なんて言われてもねえ」
もう慣れたけど、と長義は片手をひらりと振った。
初めて分霊の真実を聞いた高官には、まさしく寝耳に水だったろう。
目を白黒させて、ぽかんと口を開けている。
「で、では…あの山姥切問題というのは、お二方がわざと…?」
「結果的にはそうなっただけだ」
聚楽第の接続がかなり遅れたからな、と国広が眉を寄せた。
「…あ。遅延していなければ、山姥切長義様が先に本丸へ」
「そういうことだ」
忌々しい、と吐き捨てた国広から怒気が溢れ、威圧感となって襲ってくる。
ヒッ、と悲鳴を上げた高官を見て、長義は国広の布を引いた。
「こら。不機嫌になる度に周囲を威圧しない」
「無理だ。本歌が止めてくれ」
「お前ね…」
彼は布を引いたことで近づいた頭を小突く。
長義が国広を咎めた途端に霧消した威圧感は、なるほど、と高官にひとつの納得を齎した。
山姥切国広が不機嫌になっているのは、総じて彼の本歌の話のときだけだ。
「3年」
長義が再び話を戻す。
「俺が本丸に配属になったのは、この戦が始まって3年経ってからだ。君も、『3年』という数字はよく聞くだろう?」
3日、3ヶ月、3年。
人が物事を続けるときに、目安とされる期間のこと。
「3年経てば慣れてくる。3年経てば忘れてくる。だから、そのとき一番やれそうな方法で《監査》したんだよ」
創った後はほぼ投げっぱなしの分霊といえど、己の分身であることに変わりはない。
中身は違えど見目は同じ自分が不遇を受けるのを、黙殺する気だってない。
「おかげで、証拠がなくて手を拱いていた審神者たちを排除出来ただろう?」
あの審神者と本丸の一斉摘発は、記憶に新しかった。
「ご自身の分霊が犠牲になることには…」
抵抗はなかったのですか、と聞き返す前に、答えは返ってくる。
「政府内に顕現されると決まったときから、そういった手段を用いることは予想していたかな」
それにね、と怜悧な美貌が悪戯な笑みを刻んだ。
「これだけ霊刀、御神刀が集まっていれば、吉兆占いくらいは可能だよ」
いったい何のための占いだったのか。
本霊を前にして縮こまっていた高官の身体が、さらに縮んだように見えた。
そろそろ、この人の子を開放してやった方が良いだろう。
「長居してしまったかな。そろそろお暇しよう」
二の句を告げない高官を見遣り、長義が立ち上がる。
「次からは巴形君か静形君、あるいは懐刀をしていた者が来るだろうから、そこまで緊張しなくても済むんじゃないかな」
彼からすれば、フォローのつもりだったのだろう。
だが高官にとっては何の意味もない。
萎縮している理由は山姥切の本霊たちではなく、彼ら《本霊たちの総意》に対してなのだから。
実体があるように見える彼らはどのように本体の場へ帰るのだろう、と思ったら、普通に扉から出ていくらしい。
それじゃあね、と肩越しに振り向いた長義が微笑み、出ていった。
続いて出ていこうとした国広が足を止め、振り返る。
「…あんたたちは、勘違いしているようだが」
薄汚れた布の向こうから、常磐の眼光が覗いてくる。
「たかだか数年《分霊》の持ち主であるだけの人間が、《本霊》の物語を潰せるとでも思っていたのか?」
だとしたらなんと傲慢で、愚かな話か。
「俺たち本霊が消滅するというなら、まずは歴史改変を疑うべきだ」
監査官が俺の本歌で良かったな、と残して。
ひらりと解れの目立つ外套を翻し、国広もまた出ていった。
パタリ、と扉が閉じる。
物が百年大切にされて、付喪神。
では、大切にしてきたのは誰かというと、その物の持ち主だ。
なまじ『力』があるから、刀剣男士たちが慕ってくれるから、審神者たちがそう思い違ってしまうのも仕方がない。
けれど本霊たちが『それ』を周知するとも思えない。
高官は深い、深い溜め息を吐いた。
解る者が、判っていれば良いのだ。
戦に勝つ為に何をすべきか、解っている者が識っていれば。
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2019.1.25
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