神は非礼を受けず
(5.???)
「人の子に協力するのは、吝かでないが」
「けれど、人の子は間違える」
「人の子の罪に、人の身を持たされた上でさらに巻き込まれるのか?」
「致し方あるまい。自ら刀を振るえる機会、逃すのも惜しい」
「僕は、兄弟に会えるなら」
「俺自身が主の存在証明になれるなら、別に良いよ」
「…争いは、好みません」
「人の子が間違えたとき、我々が正すことは可能なのでしょうか?」
「人の子に刃を向けることが可能か、か」
「復讐は出来るの?」
「呪術的なものは、どれだけ存在するんだろうな?」
「俺は敵を斬れりゃそれで良い」
「人の身を持つのであれば、我らが害される可能性も出てくるのでは…?」
「切った張ったはともかく、惚れた腫れたは勘弁だな」
「突くしか出来ないっての」
「自衛手段は欲しいよな〜。御神刀霊刀関係なく出来るもので」
「人が集まれば集まるほど、害意も増えるでしょうしね」
「人の子の区切りは、三日、三月、三年と言います。節目でこちらから仕掛けましょうか」
「仕掛ける? 例えば?」
「うーん。新しい刀の配属とか、本刃(ほんにん)が日時指定しちゃう?」
「あ、因縁の相手の愛刀を実装させるとか!」
「うん? 儂と新選組みたいな話じゃな」
「俺らは配属時期同じじゃねーか!」
「それなんだよなあ。陸奥守は初期刀だし」
「そもそもボクらは、元の主の遺恨について根が浅すぎるのでは?」
「だよね…。あとは贋作とか?」
「僕を見ないでくれるかい。同じ贋作でも、名在りの贋作はさすがに否定しないよ。僕ら虎徹の名を上げる一助だしね」
「他には…」
「おい、俺を見るな。本歌在っての写しだ」
「誰か酒持ってねえか?」
「こら、宴にはまだ早いぞ」
「祭りみたいに、一斉に試せるものが良いよな!」
「政府主催のいべんと、というやつか」
「馴れ合うつもりはない」
ぱん、と柏手が打たれた。
「纏めようか、子らよ。此処には初めに配される刀と、回答を留保、あるいは断った者がおる」
我は、と小烏丸が地を指した。
「暫く様子を見る。そうよな…一年か二年か」
何も無いはずの足許に波紋が広がり、始点が点滅する。
始点から直線上に離れた位置に、小烏丸の紋が灯った。
「俺もすぐには応えん」
三日月宗近と同時に下賜など、俺の有り難みが分からんだろう! と居丈高に告げたのは大包平だ。
お前は天下五剣を気にし過ぎだ、と鶯丸が苦笑する。
大包平の紋も、始点から離れた位置に灯った。
「ボクも、少し後にしようかなあ」
「わ、私はまだ修行中の身なので…」
今起きている刀だけでもこれだけ存在している、ということが奇跡だ。
人の手で生まれ人の手でなければ永らえぬ刀が数百年、あるいは千年以上の時を、生き抜いて此処に立っている。
ーーまさに奇跡。
小烏丸の「区別を」という声に従って、波紋の周りに協力を許した刀が集まった。
その後ろには回答を控えた者、さらに後ろには断った者。
線表には、人の子へ協力を約した者の紋が無数に灯る。
山姥切長義は周囲を見回し、つと眉を顰めた。
「…居ないな」
呟きは、もっとも近い立ち位置の山姥切国広にのみ届いた。
「本歌?」
呼び掛けには応えず、長義は場の沈黙を待ち声を上げる。
「ソハヤノツルキ君、訊いて良いかな?」
皆の視線が長義へ向いた。
「何だ?」
「君の本歌が今回の件をどうするか、君は知っているかい?」
ソハヤノツルキは首を横に振る。
「知らねぇな。というか、俺も俺の本歌とは面識がねぇんだ。俺が霊刀ならあちらも霊刀、眠ってるって可能性もある」
「なるほどね…」
鶴丸国永がひょいと身を乗り出した。
「何か気づいたのかい?」
「ああ。こんなにも刀が在るというのに、本歌と写しが揃っているのは俺たち《山姥切》だけだ」
長義も国広も、協力を求めた政府へ是を返したのは同時期だ。
「俺の写しが初期刀となるなら、俺の本丸への配属はかなり後になるだろうね」
「なっ! 聞いてないぞ、本歌!」
「そりゃあ、推測だからね」
詰め寄る国広を往なして、長義は話を続ける。
「この戦は簡単には終わらない。戦が長引けば長引くほど、内部倫理も乱れてくる。人の身体を得るというなら、その対策をしないと」
「いつの世も変わらぬ事実よなあ。して、どの情報を以てした?」
ゆるりと髪を払った小烏丸に、つい先刻の話を打ち明ける。
「…俺は本丸ではなく、政府内部への配属となるらしい」
ざわり、と場がざわめいた。
「政府職員になるってことか?」
「うわぁ…書類地獄な未来しか見えない…」
「電子ペーパーじゃないのか?」
「本と同じように、紙の書類も死なないんです」
「政府はどこもブラックやけん…ヤバとよ……」
「アッ、政庁に保管されてる博多の目が死んでる」
随分自由に言われているが、当時長義も同じことを言ったので同類だ。
「政府内部に入るなら、初めから仕込みが出来るということだな」
愉快げな笑みの鶴丸には頷きを返す。
「政府が《刀剣男士》と名付けた分霊に何をどれだけ仕込むのか、調整はこれからだろう? だから、意見と案を此処で訊けたらと思って」
鶴丸はくつくつと笑みを漏らした。
「そりゃ良い。一期、きみの出番だぜ」
俺はちょいと呼び出されたから行ってくる、と羽織を直した彼に、一期一振はおやと目を瞬く。
「分かりました。詳細は戻られたときにお伝えしましょう」
「頼む。三日月、きみも行くだろう?」
他の者には唐突な声掛けに思えたが、三日月は予想していたように己の身内へ言付けた。
「では後は頼む」
「承知いたしました」
「いってらっしゃい」
小狐丸と石切丸が応え、三日月と鶴丸は何処かへ姿を消した。
一体何が、と反射で小烏丸を見返したのは、何も長義だけではない。
直刀と太刀を繋ぐ古刀は、意味ありげに笑むばかりだ。
「なに、あの子らはあの子らで、己が出来ることをしようとしているだけさ。何事も、最悪を想定するのが最善だ」
異論は無い。
「では、山姥切の。此処には策を弄するのが得意な者も多い。共に考えようではないか」
この戦に勝つための策を。
小烏丸は唇に弧を描き、長義を手招いた。
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2019.1.25
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